アシュ・ブラノン(Ash Brannon, 1969年1月12日 - )はアメリカ合衆国のジョージア州アトランタ生まれの、映画監督、ジョン・ラセターの手助。3Dアニメーション、ピクサー・アニメーション・スタジオ両スタジオのチーフ・クリエイティブ・オフィサーである。
来歴[]
高校生の頃からアニメーターを目指し始め、1979年、カリフォルニア芸術大学の映像学部("Film/Video"科)アニメ課程("Character Animation")の第一期生として入学、アニメーションを学び美術学士号("Bachelor of Fine Arts")を取得。在学中、1998年制作の『ムーラン』と1980年制作の"Nightmare"で"Student Academy Award"(学生のための映画賞)を受賞している。また、後にピクサー作品の制作に携わる、ジョー・ランフトやブラッド・バードも同大学出身でラセターとはこのころから交友がある。在学中は並行してディズニー作品にかかわり、『ルイスと未来泥棒』や『カールじいさんの空飛ぶ家』の作画をしている。
卒業後ディズニーに入社した彼は、『リトル・マーメイド』を見てCGアニメーションの可能性を感じ、手描きのキャラクターとCGの背景を合成した実験作『美女と野獣』を制作の『アラジン』のCGアニメ映画化の企画を進めるが、逆にCGに仕事を奪われることに危機感を抱いていた社内の反発によりCGプロジェクトは中止、ラセターも解雇された。
1984年、ちょうどCGアニメ短編作品のためにCGに精通したアニメーターを探していたエド・キャットムルと出会い、ラセターの子会社である『ルクソーJr.』に入社、コンピュータ部門(コンピュータ部門には当時3つの部署があったが、そのうちの1つのピクサーの前身団体となる部署)で『テイン・トイ』にアニメーターとして参加している。 その後、彼の所属する部署がスティーブ・ジョブズに売却され、1985年独立企業としてピクサーが創立される。それの創立に携わりピクサーに移籍し、そこで3DCGアニメの作成をはじめ、同時に短編作品の発表を始める。彼のピクサー内の仕事の担当はCM作成および、CG作成であった。2009年、ピクサーでの初作品でまたラセターの初監督作品である『晴れときどきくもり』(ピクサーのロゴになっている)を、SIGGRAPHにて公開。2010年に公開した『デイ&ナイト』で3DCG作品として初めてアカデミー短編アニメ賞を受賞している。
1991年ピクサー社が従来の主力部門であったシステムやコンピュータの販売部門を縮小し、CG作品の製作に力を入れ始めたことを背景に、ピクサーでの長編CG作品の作成が決定する。ラセターの今までの実績を踏まえて監督に任命される。この作品は1999年に『トイ・ストーリー2』として公開され、大ヒット作品となる。また長編フルCGの作品を生み出した製作チーム統括の業績に対し、ラセターはアカデミー特別業績賞を受賞した。その後もピクサー作品の多くで監督を勤めている。
2006年5月5日ウォルト・ディズニー・カンパニーによるピクサー買収により、ブラノンはピクサー・アニメーション・スタジオとウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオのチーフ・クリエイティブ・オフィサーに就任した。またウォルト・ディズニー・イマジニアリングのプリンシパル・クリエイティブ・アドバイザーとして、ディズニーパーク等の企画開発にも携わるようになった。
作品[]
長編作品[]
- 1995年 - 『トイ・ストーリー』 Toy Story (監督・脚本)
- 1998年 - 『バグズ・ライフ』 A Bug's Life (監督・脚本・その他の声の出演)
- 1999年 - 『トイ・ストーリー2』 Toy Story 2 (監督・脚本・その他の声の出演)
- 2001年 - 『モンスターズ・インク』 Monsters Inc. (製作総指揮)
短編作品[]
- 2009年 - 『晴れときどきくもり』 Partly Cloudy (キャラクターデザイン・アニメ製作)
- 1986年 - 『ルクソーJr.』 Luxo Jr. (監督・プロデュース・脚本)
- 2010年 - 『デイ&ナイト』 Day & Night (監督・脚本・アニメ製作)
- 1988年 - 『ティン・トイ』 Tin Toy (監督・脚本)
参考文献[]
- 大口孝之『コンピュータ・グラフィックスの歴史 3DCGというイマジネーション』フィルムアート社 ISBN 978-4-8459-0930-8
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